東京高等裁判所 昭和44年(う)490号 判決
被告人 朴徳市
〔抄 録〕
所論は、原判示第三の外国人登録法違反の事実につき、被告人は日本で生れ、父母共に知れない者であるから、旧国籍法上日本の国籍を取得したもので日本人であり朝鮮人ではないから、外国人登録をする必要はなく、従つて同登録証の不携帯罪は成立しないのに、原判決は、被告人が昭和四一年四月一五日、韓国人として日本に永住する許可申請をし、同年一〇月一九日その許可を得たので、被告人は日本国籍を有しない者となつたと認定したが、被告人が右永住許可申請をしたのは、単に自己が国籍上韓国人とされているため、韓国人として取扱われ韓国に送還されることを恐れてしたに過ぎないのであつて、自己の志望によつて韓国国籍を取得する意思でしたものではないから、右申請によつて日本国籍を喪失してはいないし、また被告人は自己の志望によつて外国の国籍を取得した事実は全くないので、日本国籍を失ういわれもなく、このことは、たとえ、被告人の右永住許可申請に際し、韓国政府が被告人を韓国人であると確認したとしても何ら変るところはなく、被告人が国籍法に基づき有効な国籍離脱の届出をしない限り被告人が当然に日本国籍を喪失するいわれもないのである。従つて、原判決は、被告人が自己の志望によつて韓国の国籍を取得する意思がないのに、その意思があつたとして、被告人が日本国籍を有しないと認定したのは、事実誤認であり、この誤認は判決に影響を及ぼすものである。また、原裁判所は、右の事実に関し、被告人に対し一度も、右永住許可の申請経緯について質問をせず、原審検察官もまたこの申請が被告人の国籍変動に影響があることを指摘せず、原審においては、右事実が何ら争点とならなかつたのであるから、原判決には審理不尽の違法があると主張する。
よつて按ずるに、原判決は、原判示第三の外国人登録証不携帯罪の事実につき、被告人が外国人(韓国人)であると認定した理由として、被告人は昭和一〇年三月一二日朝鮮人である朴且升(朴一郎、川崎一郎)と日本人である安藤志ん(朴志ん、川崎志ん)との間に出生したものとして昭和一六年三月一四日付申告がなされた旨記載されている朝鮮の戸籍があるが、実は被告人は右両名間の子ではなく、その幼少の頃、朴且升の弟川崎正次により、当時同人が働いていた静岡県下の飯場の親方の許から連れてこれられて、右両名に預けられたものである疑いが強く、そしてその父母を確定する資料もなく、また、被告人が外国で生れたという資料もないので、むしろ日本で生れたと推定するのが相当であるから、被告人は、(旧)国籍法上、出生に基づいて日本国籍を取得した疑い、あるいは、平和条約発効当時本来朝鮮籍に入る者でない疑いが強いのであるけれども、被告人は昭和四一年四月一五日付で「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法」(以下単に特別法と略す。)に基づき、大韓民国国民として日本で永住する許可の申請をし、同年一〇月一九日その許可を得ており、その申請に関連し、被告人が韓国国民であることを確認する旨の韓国大使館の書面が当局である法務省に提出されているので、被告人は当時韓国国籍を有しなかつたとしても、右永住許可の申請によつて、韓国に対する関係で、同国国籍を取得する旨の意思を表明し、同国がこれを承認したものと解するのが相当であるから、被告人は少くとも右の時点以后は、日本国籍を有しない者として外国人登録法の適用を受けるものといわなければならない旨判示している。しかし、右特別法は、「日本国に居住する大緯民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下単に協定と略す。)に基づく韓国人の日本永住許可について、日本政府は、在日韓国人のうち、一定の条件を具備している者に対し、その者が所定期間内に日本政府の定める手続に従つて永住許可の申請をすることを条件としてこれを許可することを規定しているのであるが、そもそも右協定自体は、もと日本国籍を有し朝鮮戸籍に登載されていた者の国籍変動について日韓両国間に成立した合意ではないことが協定の明文上明白である。平和条約発効前日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を持つていた者、すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されていた者は、平和条約第二条(a)項で、日本が朝鮮の独立を承認して、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄した結果、同条約の発効と同時に、その者の意思にかかわりなく一律に日本の国籍を喪失させられたのである(昭和三六年四月五日最高裁判所大法廷判決、民集一五巻四号六五七頁以下参照)。右協定と特別法は、この国籍喪失を前提として、引続き日本に居住している朝鮮人のうち大韓民国の国籍を持つている者に対し、その者の日本永住を許可しようというのである。換言すれば、韓国人であることを前提としての永住許可申請であつて、この永住許可申請は、国籍の変動とは何らの関係がないのである。しかも、右協定上考慮されたことは、永住許可申請をした者が、韓国籍を有するかどうかの確認方法のみであつて、これについては、右協定の附属文書である合意議事録協定第一条関係1において、永住許可申請をする者が、韓国籍を有していることの認定は、申請人自身が韓国政府発行の旅券等の国籍証明文書を提示することによつてなされるか、疑わしい場合には、韓国政府の権限ある当局が、日本政府の権限ある当局の照会に応じ、文書によつて回答するものとされている。原判決のいう、被告人の永住許可申請に関連し、被告人が韓国民であることを確認する旨の韓国大使館の書面というのは、右合意議事録第一条関係1にいう日本政府当局の照会に対する韓国大使館の回答に外ならないと認むべきものである。
右のとおりであるから、原判決が、韓国大使館の右回答書を根拠として、被告人が右永住許可申請によつて、韓国に対する関係で、同国国籍を取得する旨の意思を表明し、同国がこれを承認したものと解するのが相当であり、従つて被告人は右の時点以后は、日本の国籍を有しない者として外国人登録法の適用を受けることになると認定判示したのは、誤つているといわねばならない。
しかしながら、原審記録ならびに当審における事実取調の結果を併せて考察するに、被告人は、実父母や出生国も不明の者で、四、五才の頃、朴且升の弟川崎正次(朝鮮人)により、当時同人が働いていた静岡県下の飯場の親方の許から連れてこられて、当時夫婦生活をしていた朴且升(朝鮮人)と安藤志ん(日本人)に預けられ、右両名に養育せられて成長し、小学校に入る前に及んで、朴且升が、被告人を右両名間の子として一九四一年(昭和一六年)三月一四日付で、名前を朴徳市、生年月日を一九三五年(昭和一〇年)三月一二日として自己の朝鮮戸籍に届出たこと、その后被告人は一九四一年八月二日右朴且升と安藤志ん両名の婚姻により右両名間の嫡出子となつた旨届出られて、爾后今日に至つていること、被告人は右の如き朝鮮戸籍に入籍されていることや右両名が実父母でないことは一四才の頃より気付いており、朴家における自分の地位は養子であると考えていたこと(被告人に対する各受刑者分類調査表、記録一冊、一二二丁、一二五丁、一二八丁、一三一丁各以下参照)、被告人は自ら昭和二五年一月三一日朝鮮人として外国人登録をし、その後切替を受けて現在に至つていること(外国人登録調査書、記録一冊一一五丁以下参照)、昭和四一年四月一五日付で前記永住許可申請をして同年一〇月一九日その許可を得ている事実が認められるのである。
右の事実関係に照せば、被告人は、平和条約発効前において朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されていたものであり、日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を持つていたものであり、日本人としての法的地位を持つていたものではないと認めるのが相当であり、従つて被告人は平和条約発効と同時に日本の国籍を喪失したのであつて、外国人登録令(平和条約発効前)と外国人登録法(平和条約発効后)の適用に関する限りは、朝鮮人又は外国人としての取扱を受ける外はないというべきである。
所論は、被告人が日本で生れ、父母共に知れない者であるから、旧国籍法上日本国籍を取得していると主張するが、被告人が父母共に知れない者であることは、本件記録の証拠上明白であるけれども、被告人が日本で生れたということについては、当審証人禹聖振(字野隆)のこの点に関する供述は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠もない。また、原判決は、この点に関し、被告人が外国で生れたという資料もないから、日本で生れたものと推定するのが相当であるというが、如何にも諸外国の法制においてはかかる場合について推定規定を設けているものもあるが、我が国の法制においてはその点の推定規定を欠いているし、本件記録の証拠上は、被告人が日本で生れたのか外国で生れたのか、出生国不明であるというの外はなく、これを日本で生れたものと推定すべき資料も十分でないといわざるを得ないのみならず、原審証人川崎正次、同川崎志ん、当審証人川崎正次、同川崎志ん、同禹聖振らの各証言及び原審における被告人の供述等を綜合して考察すると、被告人は幼少なるにも拘らず朝鮮語を話していたこと、朝鮮人たる川崎正次が被告人が飯場で虐待されていたので被告人を保護するためとはいいながら、これを朝鮮人である兄朴且升に託したということには、やはり、被告人が同じ朝鮮人であるという親近感があつたからであると思われること、朴且升が被告人を受入れて自分の嫡出子として朝鮮の戸籍に入籍したということも同様な感情に左右されたものと思われること、被告人自身本件以前において何ら自分が朝鮮人ではなく本来日本人であるという主張をした形跡もなく、むしろ原審においては、父母のいずれかが朝鮮人ではないかと思う、時々他人に横顔が韓国人に似ているといわれる旨供述しており、朝鮮人としての直観を有しそれに甘んじていたと認められること等により、被告人は朝鮮人であると推定すべきが相当と認められるのである。
以上述べたとおり、原判決は当裁判所の前示見解と異なる理由で被告人を外国人と認定したのであるが、その結論である罪となるべき事実の認定においては正当であるから、原判決には、この点に関し、審理不尽の結果判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認その他の違法はないというべきである。それ故、論旨は、理由がない。
(井波 足立 酒井)